※本記事は2017年に公開したものを2025年に再編集したものです。



群言堂が大切にしたい「復古創新」を体現する工場さん
江戸時代から綿花の栽培地、明治時代には遠州織物の産地として栄えた静岡県浜松市。その地で明治時代から5代続く染織の工場が「辻村染織さん」です。
現在の当主は辻村啓介さん。一緒に工場を支えているのが、弟の昌示さんです。


辻村さんとの出会いは、今から18年前(2017年当時)、群言堂の屋号がまだブラハウスだった時代。群言堂が登美ブランドを作り始めた頃から本格的なお付き合いが始まり、以降ずっと一緒に服作りをしてきました。
そして当時、辻村さんの営業を担当していたのが群言堂に長年勤める新井兄弟の弟・洋二郎。
彼が兄の謙太郎に業務を引き継ぐ際、残した言葉が「群言堂にとって一番大切なのは、辻村さんのような工場さんかもしれないよ」でした。

その理由は、辻村さんが伝統ある藍の染め方を守り抜き、また自社工場内で織りまで完結させ、糸の仕入れから織物の仕上げに至るまで、国産にこだわる実直な工場さんだから。
そして何より、品質の高い藍の生地を織り上げる辻村兄弟のあたたかで、素直な人柄に強く惹かれていたからでしたーー。
美しい藍の糸を染め・織り上げているのは2人の兄弟

「辻村さん」は、辻村兄の啓介さん、そして弟の昌示さんの2人の兄弟が活躍する、藍染めと織りの工場さんです。
けれど、辻村兄弟の1つ前の代、つまり辻村さんの父が当主を務めていた時代は、じつは辻村さんの専門分野は藍染めと織りではありませんでした。

当時は、真っ白い柔道着用の生地づくりがメイン。けれど、藍染めを専門に仕事をしていた辻村さんの叔父が倒れ、事業をたたまなければならないという事態に陥ったとき、辻村さんの祖母が「それはもったいない」と悲しみました。
辻村さんたちは、その一言をきっかけに、藍染めと織りを同じ工場内で手がけることをことを検討し始めたのです。

ただ、その時に1つだけ懸念事項がありました。それは、真っ白な柔道着用の生地と、藍で染めた生地を同じ織機で織ると、どうしても白色に藍色が移ってしまうという問題です。
辻村さんは悩んだ末、まず第一に、叔父が守ってきた伝統の藍染めを守ることを決めました。その代わり、柔道着の生産を諦め、藍で染めた剣道着用の生地を手がける方針に変えたのです。

そして、ちょうどその頃、東京で服飾・繊維を学び、工場を継ぐために浜松に戻ってきたのが兄の啓介さん。
20歳で当主となり、父を継いで織りをメインに仕事を始めました。そして「今後も藍染めを続けていくのならば、同じような生地を織っていても仕方がない。辻村だからこそ生み出せる、多種多様で個性的な新しい生地づくりに力を入れたい」と考えるように。


そして兄の啓介さんが浜松に戻ってきてから11年後。6歳年の離れた弟・昌示さんが家業を継ぐために同じく浜松に戻ってきます。

きっかけは、啓介さんが「そろそろ戻ってくる気はないか?」と声をかけたこと。
当時、昌示さんは啓介さんの薦めで進学した服飾の専門学校を卒業し、繊維関係の会社に勤めていました。けれど、幼い頃から兄と同じく「いつか地元に戻って家業を継ごう」という気持ちを強く持っていたそう。
そのため、帰郷と家業のサポートを二つ返事で快諾。1993年から、兄弟での藍染め・織りの仕事が浜松の地で始まったというわけです。


辻村さんのこだわりは「藍のカセ染め」と「多様な織り」
静岡県浜松市の染織の工場「辻村さん」の生地が魅力的な理由は、大きく2つあります。

1つ目は、生地を染める「後染め」ではなく、カセ糸と呼ばれる糸の束で染める「カセ染め」にこだわっていること。
辻村さんの染めの仕事は、毎日朝7時頃から始まります。染めの現場には8種の瓶(かめ)があり、それぞれ藍の濃淡が異なります。
中に入っているのは、水と藍の染料。もっとも藍色が薄い瓶から順に糸を浸し、固く絞って乾かします。

藍は、ほんの1分ほど空気にさらすだけで、酸化により色が固定されるのだそう。そしたらまた次の濃さの藍の瓶に糸を浸し、固く絞ってまた乾かす……。 この作業を、目指す藍の色になるまで、職人が朝から淡々と静かに続けていくのです。



私たちは聞きました。「一番最初から、濃い色の瓶に入れたらだめなのですか……?」と。すると辻村さんは笑って答えました。「そう思うよねぇ。けど、いきなり濃くは染まらないんだ。薄い色から順に染め上げないと、きれいな色になってくれない」と。
辻村さんの藍の糸は、一本一本に表情があるような、奥行きのある美しい発色です。それは熟練した職人が、生き物である藍に毎日向き合い、その日の温度や湿度、染める糸の細さや量に合わせて、微妙に作業を調整しながら、藍の色を追求しているから。その作業は、想像する以上に難しく、またかなりの力仕事です。

飽くなき探究心と「楽しむ心」が織りなす、オリジナルの藍の生地
辻村さんの生地がほかと違って魅力的な理由の2つ目は、織りを担当する兄・啓介さんの、設計に対する探究心にあります。

辻村さんの工場内で染めた藍の糸。その糸を用いて織られる生地は、まるでこれが1色の藍から生み出されているとは思えないほど、柄や手触りが多種多様です。



彼はとにかく仕事が楽しいそうで、頭の中で「今度はどんな生地が作れるかな?」と空想する時間が大好き。一番嬉しい瞬間は、試行錯誤して設計した生地が、想像を超えたよい生地に織り上がった時だといいます。

対して弟は、そんな兄に全幅の信頼を置いています。兄を支えるため、織り以外の全行程を担い、二人三脚で新しいものづくりに挑戦中。従来の価値観にとらわれず、時代にあわせて自分たちの織りを変化させることを厭わない兄弟は、絶えず「辻村さんらしさ」を更新し続けることに心血を注いでいます。
これからもずっと、辻村さんと一緒に仕事がしたい

群言堂は、歴史と技術に想いを掛け合わせ、実直にものづくりを続ける辻村さんと、これからもずっと一緒に仕事をしていきたいと考えています。
藍の服を着続けるためには、手入れが必要です。けれど辻村さんが「手がかかるだけ愛着が増す」と言う通り、着続けるほどに色を変え風合いを増してゆく藍の服は、まるで思い出を織り込んで人生と一緒に育つよう。
辻村兄弟の人柄が伝わるような柔らかであたたかな服を、ぜひ一度店頭に、実際に見に来てくださいね。

