世に、もの申したい
この読みものは、2025年6月発売、松場登美『登美さん つくる、つくろう、私の人生』(株式会社いま&ひと)より、一章「登美さんが語る――創造の源泉」を一部抜粋したものです。
20歳のときに初めてのデートで観た、岩下志麻主演の映画『婉えんという女』に出てきたセリフに、忘れられない一言があります。
物語の舞台は、江戸時代。幼い婉たち一家は政治的事情で、狭い獄舎に幽閉されていましたが、やがて一家は解放されます。大人になった婉は、外界に出たとき、目の前の轟ごうごう轟流れる川を見て「この流れが世の中なら、流れに逆らってでも生きてみたい」といった意味のことを言う。
その一言が私の中でずっと残っていて、「世の中はこういう流れだけど、本当にそうなの?」と、いわゆる常識や決まりごとに疑問を持って生きてきました。
思えば私は、ずっと社会のそういったものと戦ってきたような気がします。私の年代だと男尊女卑がまだまだ残る時代でしたが、そこと戦っても仕方ない。でも社会の矛盾に向き合い、問いかけていきたいという思いは、ずっと持ち続けていました。もちろん商売をするからには、流行を感知することも大事でしたが、それに振り回されるのは違う。
「そうじゃなくて、こっちのほうがいいんじゃない?」
「世の中がこうなっていけば、みんなが幸せになるんじゃないの?」
困っている人を助けたい、慈善活動をしたいとも、ちょっと違う。私は、ずっと「世に、もの申したい」と、ものづくりや空間づくりをしてきました。
つまり私にとって「つくる」ことは、私の考えや意見を表明する自己表現そのものなのです。