空を眺めるための椅子|忘れられていた森の宝物に光をあて、広葉樹の森を守る。林業の未来をつくる。suhu・幸村明治 田村美咲|島根の作り手たち

群言堂は、島根という土地で、私たち自身の根っこを深く張る「根のある暮らし」を大切にしています。

復古創新の精神のもと、過去の知恵や美意識に光をあてながら、生き方そのものを提案し、次の世代へと手渡していく。そんな思いを込めて、日々ものづくりに向き合っています。

心豊かな根のある暮らしとは、たとえば里山の道端に咲く野の花を摘んで部屋に飾るような、小さな喜びの中にこそ宿るもの。

島根の里山には都会のような便利さはありません。けれど何もないからこそ感じられる温かさや、かけがえのない幸せがあります。

そんな私たちの価値観に共鳴し、ものづくりを共にしている仲間がいます。山陰の奥深く、島根県浜田市弥栄町に拠点を構える木工ブランド「iyasaka」を手がける株式会社suhuさんです。

suhu事務所
suhu事務所
suhu事務所
suhu事務所
suhuの事務所

山間のちいさな町に、背後に森を抱えた敷地の広い製材加工所。その一角の事務所が、彼らのものづくりの中心。

加工所のまわりには、さまざまな木材が乾燥を待ちながら静かに積み上げられ、一歩中に入れば、所狭しと並ぶ製材機械の音、木の香り。

黙々と手を動かし続ける職人たちの姿があります。

空を眺めるための椅子

群言堂とsuhuがともに手がけた「空を眺めるための椅子」も、そんな場所で生まれました。

何気ない日々のなかでふと空を見上げる喜びを感じていただけるこの椅子には、森への深い愛が込められています。

「ここで空を眺めたい」と思った場所に、持ち運べる折りたたみ式
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ハンモックに包まれるような設計に


幸村さん
幸村明治
株式会社suhuのデザイナー。島根の森を守り、林業の未来を支えたいという強い想いで叔父の秀人さんとsuhuを設立し、島根県石見地方で生まれた木工ブランド『iyasaka(イヤサカ)』を手がける。

田村さん
田村美咲
株式会社suhu広報。コロナ禍を機に地球に少しでも還元できる仕事がしたいと、ホテル業界からジョブチェンジ。山をきれいにすることが海を守ることにつながる、そんな視点で暮らしと自然をつなぐ伝え手として活動している。「私自身、この仕事を地球防衛隊のような存在だと捉えています」

広葉樹は森でねむる宝物。使い道を作ることで島根の森を守りたい

島根県は全国でも有数の森林県。実に78%が森で覆われており、その多くが落葉広葉樹林です。これまでの林業の主たる材は針葉樹。広葉樹の多くが未利用のまま使われないか、チップにされて火力発電やバイオマス発電用の燃料として使われてきました。

もちろん、それも一つの活用法。しかし切り出された立派な木も「すべて粉々にしてしまうのはもったいない」と幸村さんは言います。

幸村さん
「針葉樹はまっすぐ育ち、加工もしやすいです。いっぽうで広葉樹は曲がっていたり、成長に何倍もの時間がかかったりと、扱いにくい面が多いんです。効率だけを見れば、粉々にして燃料にしてしまおうという流れになる。その陰には、クリやサクラといった広葉樹の存在が、これまでほとんど見過ごされてきた現実があるんです」

森に眠る多様な広葉樹に、新たな価値を与えること。手間はかかるけれど、ただ燃やされていた木を家具や雑貨というかたちで生かすこと。それは、島根の森の未来をつくる活動でもあります。

田村
「それが家具となり、一生残るようなものになれば、木材としてもっと長く活かすことができますよね。そういった視点から私たちは広葉樹をもっと日常に取り入れようという考えで、地元の木工職人たちとともに製作した家具や雑貨の販売を通じて広葉樹の魅力を伝えています。」

suhu事務所にて

実際にsuhuの取り組みに関心を寄せる人は全国的にも増えており、あるときは静岡県庁の職員と、広葉樹の活用について話す機会がありました。 

幸村さん
「山林の多い静岡も広葉樹の活用を模索しているそうですが、いざやろうとしても、広葉樹を扱える機械も職人もほとんどいない。ところがここ島根の弥栄には、山から木を切り出す職人がいて、製材所があり、それを加工する職人たちもいる。木材を循環させるための人も道具もサイクルもあり、一つの地域に全て揃っていること自体が、実は全国的にとても凄いことなんですよ、と熱弁してくださったんです。」

この話はsuhuに大きな気づきを与えたと同時に、私たち群言堂の心にも深く響きました。自分たちが普段当たり前だと思っていた土地の恵みや営みが、どれほど稀有な価値を持っているのか。suhuの活動は、そのかけがえのない価値を無垢の広葉樹で丁寧に形にし、広く世に伝えていく挑戦でもあるのです。

暮らしに、空を眺める余白をつくる。心と体を預ける、自分だけの特等席

「空を眺めるための椅子」は、広葉樹の可能性を追求した製品です。心ゆくまでリラックスできる場所を、どこへでも自由に持ち運べるように、という願いから生まれました。 

幸村さん
「自分が『ここで空を眺めたい』と思った場所に、その時々の光や風を感じながら持っていける椅子にしたかったんです。使わないときは場所を取らず、必要な時にさっと出せるように、折りたためる仕様にしています」

素材には、座ったときに安心感が得られる強度と、美しい木目を兼ね備えたナラの木が選ばれています。 ナラの木は目が詰まっていて、触り心地は驚くほど滑らか。

特に肘掛けは、そっと手を置いたときに、じんわり温もりと安心感が伝わるような形状に調整されており、幸村さんの細やかなこだわりが詰まっています。

身体全体を預けて、ゆったりと過ごしてほしい。そんな願いもこの椅子には込められています。座面はこの椅子のためだけに特別に織りあげた柿渋染めのハンプ生地を採用。しなやかな布で体を包み込むような構造になっています。

空を眺めるための椅子

木製のフレームが直接体に触れることはない設計も試行錯誤の賜物です。まるで明るい森のなかに包み込まれているかのような、ふわりと心地よい安心感が、座った瞬間から全身に広がるように設計されています。

足を伸ばすのはもちろん、椅子の上であぐらをかいてくつろげる仕様に

足を伸ばすのはもちろん、椅子の上であぐらをかいてくつろげる仕様に

さらに「椅子の上であぐらをかいて座りたい」という群言堂の所長・峰山の声も取り入れ、肘掛けの高さや全体の構造も、座る人の自由な動きを邪魔しないよう、何度も試作を重ねて作られました。

両サイドに支柱があるにもかかわらず、あぐらをかいても足が当たらない。巧みな工夫は、まさに設計デザイナーと職人の技が光る部分です。

表面の仕上げには、あえて手間と時間をかけるオイル塗装が選ばれています。ウレタン塗装では味わえない木材本来の細かな質感や、木の呼吸を感じさせる温かみが、指先から、そして肌から、じんわりと伝わってくるようです。

群言堂がsuhuとものづくりをともにしたい理由

それは扱っている素材こそ「布」と「木」と異なれど、ものと丁寧につきあい、長く大切にしていこうとする姿勢が共通しているからに他なりません。

suhuの広報・田村さんは、群言堂とのコラボレーションを通じて、その想いをより強くしたと話してくれました。 

田村さん
「私たちが目指す地域をもっと盛り上げたいという思いは、群言堂さんと近いと感じています。木と布で素材は違っても、いいものを少なく、長く使うという考え方や、使ったら終わりではなく、手入れをしながら大切にするという姿勢は、本当に通じ合っていると思います」

suhu 事務所にて

傷がついても手をかければ、それが味わいとなり、使い手だけの表情に育っていく。群言堂もまた、そんな物の育ち方に、美しさを感じています。

空を眺めるという時間が、原点を思い出させてくれる

「こういうものがあったら、日本人の感性に、きっとじんわりと響くよね」

そんな感覚的な共有ができたからこそ、空を眺めるための椅子は生まれました。日々のなかで、ふと立ち止まって空を見上げる。そんなささやかな瞬間が、自分にとって何が大切かをそっと教えてくれることがあります。

幸村さん
「僕にとって、空を眺めるってすごく大切な瞬間なんです。suhuで働くために東京から島根に来て、最初の頃に強烈に覚えているのが、日中の仕事の合間や夕暮れ時にふと空を見上げたときの感動なんです。ここ弥栄町の空は、本当にどこまでも青くて、雲も空気も心洗われるように澄んでいて。なんて綺麗なんだろうって。その純粋な感動が、今でも強く心に残っているんですよね。」

suhu 事務所にて

その感動を地元の人に話すと、「いや、そんなもんだけどね」と、あっさりした返事が返ってくることもあるそうです。 

幸村さん
「そのギャップのある反応が、すごく面白いんです。おなじ日本で暮らしていても、東京と島根では暮らしの価値観がこんなにも違うんだなって。その違いや自分にとって本当の豊かさとは何かを教えてくれるきっかけになるのが、空を眺める瞬間だったりするんです。」

意識的に空を眺め、はじめに感じたピュアな感動を忘れないようにする。日々の忙しさに流されそうになっても、「いかんいかん」と立ち止まり、島根で得た大切な感覚を「決して当たり前にしたくない」と幸村さんは言います。

「この話は島根で暮らしている方にこそ、よくお伝えしています。あなたたちが当たり前だと思っていることって、実はすごく尊いことなんだよって。見慣れた風景のなかに、まだ気づいていない感動がひそんでいて。そういう美しさは日常のなかにこそあるもので、この土地に身を置いて仕事をしていると、日々実感するんです。空を眺めるということが原点を思い出させてくれる、大切な時間になっている気がします。」

地域で受け継がれてきた美しい広葉樹林の森を守っていきたい。そんな想いをともにする仲間たちが集ったsuhuのものづくりは今、少しずつ地域に広がりはじめています。

「これまでは捨てられていた木材も、製材所さんが『これ、立派だから家具に使えるんじゃないか』と、私たちのためにチップにせずに取っておいてくれるようになって。少しずつですが、そういった理解や協力の輪が広がってきています。」と田村さんは話します。

suhu 事務所にて

それぞれに異なる個性をもつ広葉樹の魅力を見つめ直し、かつて活気にあふれていた地域の林業を、もう一度、暮らしのそばに取り戻していく。その先にあるのは、森も、人も、地域も、健やかに循環していく未来です。

そんな理想の未来を、suhuは、そして群言堂も、ともに目指しています。

幸村さん