空を眺めて「無常」を愛でる豊かな時間。| 登美さんからの手紙

空を眺めて「無常」を愛でる豊かな時間。

近頃、空を眺める時間、お持ちですか?この町で暮らしていると、空や雲や月の変化が、日々手に取るように感じられます。空を見上げると、目先の現実に右往左往していた思考も、ぱっと解き放たれて、心が楽になれる気がします。

かつての日本人が持っていた繊細な感性は、四季の変化に富んだこの風土でこそ培われたものだと思います。風の匂いや水の音、月の満ち欠けなど、自然界のふとした揺らぎ、目には見えないほどのかすかな気配に、自らの思いを重ね合わせてきた先人たち。和歌にも日本画にも建築にも、その底には「すべての事物は絶えず変化を続けており、常なるものなどない」という無常観が流れています。私はこの「無常」のイメージが好きです。そこには物悲しさよりむしろ「今この瞬間にしかないものを味わおう」という心の豊かさがあると思うからです。

そういえば以前、知人の編集者が、月にまつわる言葉ばかりを集めた本をつくられました。「宵待月」や「月露」「月涼し」など、その数じつに300語。ページをめくるほどに脳裏に情景が浮かぶようで、鋭い感受性によって築き上げられた日本語の豊穣さに思わずため息が漏れます。

ふだんの私は、「暮らす宿・他郷阿部家」でお客様の夕食に同席してから家路につくのが20時半から21時ぐらい。そんな時、月や星の眺めが素晴らしいと、私は大急ぎで宿のスタッフにメッセージを送りお客様にもお伝えしてもらいます。人工の灯りがほとんどないこの町だからこそ見られるほんものの夜空。その一期一会の美しさをぜひご覧いただきたいと思うのです。

地上にはさまざまな人がいて、それぞれの事情を抱えて暮らしていますが、見上げる空はひとつ。そして飛行機に乗るたび感じることですが「雲の上はいつも晴れ」です。地上でどんなに雨が降っていても、雲を抜ければそこに広がっているのは曇りのない空。だから私たちも目先のことに一喜一憂してばかりいないで、時には一歩引いて自分たちを取り囲む世界の豊かさに思いを馳せることが大切なのでしょう。
争いのやまない現代ゆえに一層そう思わずにはいられません。

石見銀山生活文化研究所 相談役
暮らす宿 他郷阿部家 竈婆
松場登美

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