10 愛知のシーナツイード|暮らしの布図鑑

ずっと包まれていたくなる、ぬくもりの秘密を訪ねて。

ふわっと軽く、頬ずりしたくなるようなやわらかさ。薄手な見かけに反して、まとえばほっこりとしたぬくもりで包み込んでくれる安心感。「素朴さ」と「洗練」という相反するテイストを同居させたその布こそ、群言堂が惚れ込んだ「シーナツイード」。群言堂社内の新商品検討会でも、試着したスタッフたちから「心地よすぎて脱ぎたくなくなる」という声が続出したウール生地です。

ツイードといえば、強靭な英国羊毛を用いた、やや硬い手ざわりを想像する方が多いかもしれませんが、「シーナツイード」はその固定概念を180°覆すもの。私たちは、この布のつくり手たちを訪ねて、愛知県をめざしました。

羊毛選びからブレンド、紡績まで、こだわりと愛情を詰め込んだ糸づくり。

これが糸の原料となる羊毛。白だけでなく茶や焦げ茶といった自然な羊の色を生かしています。(画像提供:三河紡毛株式会社)

まず布のクオリティの起点になるのが糸づくり。その仕事を担うのは、以前にもこのシリーズでご紹介したことのある岡崎市の老舗・三河紡毛さん(過去記事はこちら)。「ミュール紡績機」と呼ばれる旧式の紡績機を使って、まるで手紡ぎしたような味わい深い糸をつくり出すスペシャリストです。

そもそも「シーナ」とは、同社の三代目社長である濱谷邦夫さんが開発したオリジナル糸。極上のやわらかさにこだわって、太さや繊維長の異なる4種のメリノウールをブレンドした、ごく贅沢なものです。また、希少な無染色ウールを使用しているのも特徴。生成や茶、焦げ茶など、羊そのままの色が1本の糸の中で混じり合い、ナチュラルで奥行きのある表情を生み出しています(チャコールグレーのみ染色したものを使用)。

太さにムラのある、手紡ぎしたような表情が魅力的な糸「シーナ」。微妙にニュアンスの違う羊毛の色が、1本の糸の中で混じり合っています。

濱谷さん
「実はシーナというのは私の愛犬の名前なんですが、同時に、“自然な羊毛”という意味のSheep Naturalをもじったものでもあるんです」

そんな名づけの由来を伺うと、糸に込めた濱谷さんの思いの深さと愛情が伝わってきます。

日本を代表するウール生地産地・尾州の技と誇りをつなぐ。

愛情を込めてつくられたこの素朴な糸を受け取って生地に仕上げるのは、尾州(愛知県西部と岐阜県東部にまたがるエリア)のつくり手たち。尾州といえば、イタリアのビエラ、イギリスのハダースフィールドと並んで「世界三大ウール生地産地」に数えられる土地です。

ここで重要や役割を果たすのが、産元(さんもと)と呼ばれる存在。紡績会社がつくるさまざまな糸を目利きし、その糸の持ち味を生かす織り方や加工方法を見極めて、各工場と連携を取るプロデューサー的な役割です。

産元さんのオフィスにて、「シーナツイード」の生機(きばた:織り上がったままの未加工の生地)を見せていただきました。目の粗いざっくりとしたその平織生地は、まだどこか硬い印象。風合い出しを終えた後の生地を比べてみれば、その違いは一目瞭然です。

左が、未加工の生機(きばた)、右が完成した「シーナツイード」。糸の一本一本がふんわりふくらみ、繊細な毛羽が空気を抱え込んであたたかな風合いに。上質な原料を丁寧に紡いだ糸のポテンシャルを最大限に引き出しています。

この生機から、羊毛の脂分を除去する仕事。その生地を湯洗いにかけて、ふわふわの毛羽感とふくらみを出す仕事。それぞれの職人技が緻密に連携しあって、ようやく「シーナツイード」のあたたかな風合いが生まれます。この連携の中でものを言うのが、産元さんの経験値なのです。

この道60年の経験が生む、風合い出しの絶妙なさじ加減

産元さんに案内され、私たちは最終仕上げ工程を担うワッシャー加工工場に伺いました。ワッシャー加工とは、生地を湯洗いにかけて縮絨(しゅくじゅう:生地を縮ませること)させたり、洗いざらしたようなシワを与える作業のこと。これが布の仕上がり、着心地を大きく左右します。

湯洗いの熱気が立ち込める工場内。

群言堂デザイナー
「糸の魅力をうまく引き出すさじ加減がすごく重要で、加工が行き届かないとペタンとして表情が乏しくなりますし、やりすぎるとわざとらしくなるんですよね」

その点、産元さんが絶大な信頼を寄せるこの加工工場は、この道60年の職人さんが絶妙なさじ加減で加工をコントロール。三河紡毛さんの「シーナ」に秘められていた「ふくらみを生む力」を最大限に引き出し、あのうっとりするようなぬくもりを生み出しています。

湯洗いを終えた生地を脱水し、タンブラー乾燥にかけることで、生地が縮絨してふっくらしたふくらみを醸し出します。

生機を洗うお湯の温度や、洗いにかける時間の長さ、タンブラー乾燥の具合、すべてが職人さんの経験に裏打ちされています。20反なら20反を、すべて同じ表情に仕上げることも重要。

「地味な単純作業に見えますが、このクオリティを出せるところはそうそうないんです。最近は職人も減って、これまで尾州の産地がずっと当たり前にやってきたことが、徐々に当たり前でなくなりつつあるんですよね」と話す産元さんの言葉が胸に残ります。

20反なら20反を、同じ縮絨率、同じ風合いに仕上げるのも腕の見せ所。メジャーで縮絨具合を確かめながら、着実に作業を進めます。

こうして完成した「シーナツイード」は、薄手ながらその毛羽の中に空気を含んで、冷たい外気から着る人を守ってくれます。あたたかくて肩の凝らない冬向け素材を求める女性たちの願いに、ぴたりと寄り添う布。それはウール産地の人々の技と誇りの結晶です。

裏地をつけない一枚仕立ての軽い着心地ながら、ふくふくとしたぬくもりは極上。

町から町へ、距離を越え、多くの人の経験と目利きで支えられている分業。それは効率重視の大量生産とは真逆の「手間ひま」です。かつてのようなこだわりを貫くことが年々むずかしくなっている中、それでもなお「ありきたりなものをつくっていても、つまらないから」と言ってくださる産地の方の言葉。それが私たちにとっての希望なのです。

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