群言堂の店舗ではたらく
松本美紀(まつもと・みき)さん。
この記事は、2016年7月に公開されたものです。
1968 年大阪府吹田市生まれの松本さんは、群言堂と出会うまでに様々な職を転々としてきた。
最初の仕事は高校を卒業してすぐ、岡山―東京間の新幹線の車内販売だった。
班行動で厳しいながらもオン・オフがあって楽しい職場だったが、主任が重度のアルコール中毒で、問題があってわずか10ヶ月で辞めることになってしまった。
次に働いたパンとケーキの店で3年半ほど勤めた頃、近所の雑貨店が閉店セールをやっていて、そこの奥さんに「うちで始める飲食店に来ない?」と誘われて20代後半で飲食の世界に入ることになった。
早速調理師免許を取得して働き始めた職場ではお客さんにとてもかわいがられ、夜の営業が終わるとお客さんと夜遊びに出ることもあった。
仕事が楽しくて、いつか自分のお店を持ちたいとも思うようになった。
もう一つ飲食店を経験し、その前後にも派遣で携帯電話の組み立てや塩昆布の袋詰め、ホテルの掃除チェックなど、いろいろなアルバイトをした。
中にはたった数日で辞めた仕事もあったが、製本のアルバイトなどは自分に合っていて、正社員となり3年半ほど働いた。シーズンバイトで北海道・トマムのスキー場のレストランなどにも行った。
39歳となった2007 年、思い切って生まれ育った大阪を離れて相模原の伊勢丹に入っていたライフスタイルショップで働くことを決めた。
働き始めて数年が経ち、いろいろあって「仕事を辞めて大阪に帰ろう」と思い立ったその日に転機は訪れた。
店のお客さんで隣のショップスタッフの友人だった高田さん(当時 群言堂町田店勤務、現横浜店店長)が来店し、群言堂でスタッフを探していることを聞いたのだ。
ちょうど契約更新の時期でもあったので、これも縁と思い上野桜木で面接を受けることになった。
群言堂のことは良く知らなかったが、「高田さんの紹介なら」とすぐに採用が決まり、2012年2月から上野桜木店で働き始めた。
採用からわずか半年後に町田店に異動になり、2年目のある日いきなり店長に抜擢された。大ベテランの先輩スタッフに支えられ、育ててもらいながら仕事に打ち込んだ。
町田での仕事に慣れてきたのも束の間、以前飲食の仕事をしていた経験を買われて西荻窪のRe :gendo(現在は群言堂 西荻窪店として営業) で一緒に働かないかと店長に誘われ、2013年2月に異動となった。
周りのスタッフとも気が合って楽しかったが、家のある相模大からの通勤が遠く拘束時間が長いのが辛かった。
辞める覚悟で泣く泣くそのことを言ったら、湘南T -SITE 店(現在は閉店)勤務の話がタイミングよく降りてきた。間に日本橋のコレド室町店での勤務を挟んで、2014年12月のオープン時から湘南で働き始めた。
湘南でも間もなく店長になったが、ベテランが多かった町田店では教えられることばかりだったのに対して、湘南はベテランがおらず、同じ店長でも全く違う環境で戸惑いもあった。
特に湘南のお店は雑貨が多くたくさん商品知識が必要だが、自分が一ファンとしてお客様の視点で商品を扱えば段々商品が好きになり、ちゃんとそれを語れるようになるという想いはある。
スタッフそれぞれがお店を「自分の場所」と思って働いてもらえるよう、もっと働きやすい職場づくりの必要性を感じている。
幸い何かあったら相談できる上司もいて、新しく入ったスタッフもお店のことが好きで応募してくれている。
頼もしいスタッフに恵まれているので、力を借りながら、まずは「仕事は楽しく」をモットーに全員が幸せに働ける環境を作っていきたいと思っている。

プライベートでは顧客さんからの紹介で始めた機織りに凝っている。
ある日その方が手作りの作品を持ってきて、その完成度に驚いて思わず教えてほしいと言ったところ、先生を紹介してくれたのだ。家から歩いて30分ほどという場所も良く、織りだけでなく染めも教えてもらえるのが嬉しい。
それにやっているうちは無心になれて、良い心の切り替えになる。行ける時に行くという気ままなスタイルで今も継続して通っている。
教室では自分が一番若く、周りには80代の方もいる。
年上の方とお話しする中で多くの新しいことも学びながら、自分がおばあちゃんになっても楽しもうという気持ちで、奮発してアッシュフォードの織り機も買った。将来的に自分の作品を店で売ることができるくらいの腕前になりたい。
機織りの経験はそのまま洋服生地への理解にもつながっていて、接客にもプラスに活きている。また、湘南店には他にもトワイニング織りをするスタッフがいて、いつも共通の話題に花が咲く。
実は母が松江の大根島出身で、小さい頃は度々帰省していた。
大人になってからは最近までずっと行っていなかったが、今になって再び島根とつながることになり縁を感じている。
これまで仕事を転々としてきたが、その集大成として群言堂で定年まで働きたい。
そう思うようになったのは、まだ入社して間もない町田店時代、25周年記念のバッジをつけて仕事をしていてふと「50周年の時には私、70歳だ」と気付いたのがきっかけだ。
その時を迎える自分を見るのが、今から楽しみだ。
書き手:三浦類

