「捨てない工夫」を模索して出会った、日本の技術「反毛」
群言堂はずっと、肌が心地よいと感じられる天然素材にこだわって服づくりを行ってきました。綿や麻といった植物性繊維に、羊毛や絹といった動物性繊維。それらはすべて、気象や環境の変化に左右される農の営みの中で、生きものと人々の重労働によってもたらされた「授かりもの」です。そう思うと、とても粗末にはできなくて、私たちは服づくりの過程で出てしまう残布を工場から引き取り、パッチワークで雑貨をつくったり、端切れの詰め合わせにして販売するなどの工夫を続けてきました。

そんな「捨てない工夫」をあれこれ模索する中で出会ったのが、日本で100年以上生き続けている「反毛」という技術。使わなくなった布をほぐしてわたに戻し、糸に紡ぎ直せるようにする仕事で、毛織物が貴重だった明治時代に始まったものです。
思えば、昔から日本には、ものの命を生かし切ろうとする心が生む独特の美がありました。古い生地を細く裂き、紐状につないで織る「裂織」や、さまざまな残布を縫い重ねた「襤褸(ぼろ)」。思えば、昔から日本には、ものの命を生かし切ろうとする心が生む独特の美がありました。古い生地を細く裂き、紐状につないで織る「裂織」や、さまざまな残布を縫い重ねた「襤褸(ぼろ)」。それらは「貧しさ」が生んだ営みではありましたが、大切な人のため知恵を絞り、無心に手を動かした人々の手仕事は、気高さすら漂わせて私たちの胸を打ちます。それは「やらされ仕事」では辿り着けない創作的仕事だからこそ、アートとしても高い評価を得ているのでしょう。
群言堂もまた、単なる「再生・再利用」という文脈を超えて、眠っていた布に命を吹き込みながら、新たな創作に挑みたい。そんな思いを抱えて、私たちは今、「循環糸」という取り組みを始めています。2026年春夏に発表した「循環糸デニム/循環糸ツイル」に続き、今季は初めてコート素材に挑むことに。私たちは、ウールの匠が集まる尾州(愛知県西部と岐阜県南西部をまたぐエリア)で、オリジナルの糸づくりから始めました。

「反毛で、こんな面白い糸ができるんだ」という発見
「反毛でこんな面白い糸ができるんだ」という可能性を私たちに教えてくださったのは、愛知県一宮市の浅野産業さん。不要な生地をほぐしてわたに戻したものや、紡績工場で出る落ちわたなどを、再び紡績できる状態にまで整えるエキスパートです。
明治時代の中期から後期にかけて、他地域に先がけて毛織物産地として名を挙げた尾州だけあって、この地では昔から反毛も盛んに行われていました。しかし最盛期には地域に20〜30軒あった反毛工場も、時代とともに減少の一途を辿り、今では5軒だけになってしまったそうです。

代表取締役の浅野晋市さんに、群言堂の布からできたわたを見せていただきました。布だった頃の色や風合いがそのままミックスされた独特な表情に、思わず「かわいい」と声が漏れますが、これは反毛業界では一種の「常識破り」なのだとか。


浅野社長
「僕たちの業界からしたら、こんなの絶対ダメだって言われるようなものです(笑)。本来反毛というのは、もっと均質に仕上げて、黒なら黒、赤なら赤にして納入する仕事ですからね」。
浅野社長によれば、反毛の工程は大きく3段階に分かれるそう。まず集めた布を細かいチップ状に裁断する工程があり、次に「ラックマシン」と呼ばれる機械で、粗く裂きほぐす工程があります。ここまで下ごしらえをしてから「ガーネット反毛機」という機械にかけて、細く均質な繊維に分解するのです。
群言堂の「循環糸」は、あえて上記の2段階目「ラックマシン」で粗くほぐしただけの繊維をわたにして使用しているというのが特徴。布が辿ってきた時間の奥行きが感じられるような風合いにしたい、というのがその理由でした。
反毛わたの個性を生かしながら糸の質も高める、プロの目利き
こうやってできた反毛わた2割に対し、8割のピュアウールを混ぜたものが、浅野産業さんから糸紡ぎを担当する紡毛工場へと送り出されます。ここでどんなウールを選んで紡ぎ合わせるか。生地になった時の風合いや色味を左右するそのさじ加減を決めるのが、この道40数年の浅野社長の目利きです。

浅野社長
「たとえば紺をつくる時は、赤を入れないと高級感のある紺にならないように、いろんな色が入ってこそ、奥行きが出るんです。それに天然繊維の中で、羊毛ほど品種による違いが多種多様なものはありません。やわらかいとか硬いとか、弾力がどうかという違いもそうだし、繊維が長いか短いか、太いか細いか、まっすぐか縮れているか、その違いが非常に大きい、でも僕は何ミクロンという繊度(毛の太さ)の違いも、さわればちゃんとわかりますよ。そうでないとこの仕事をしちゃダメだよね」。

ふだん浅野産業さんが行う反毛の仕事は、広く多方面から集められる毛織物を材料としているのに対し、今回は「群言堂が持ち込む、群言堂の布だけをわたにする」という特殊なケース。手間はかかるけれども量は少ない、という仕事にひと肌脱いでくださったのは、浅野社長の中にも「もっと面白い糸がつくれるのに」という思いがあったからこそ。
浅野社長
「こういう糸づくりは、その時に入ってくる布次第だから、同じ糸は2度と作れないけど、こういうのを素敵だって言ってくれる人がいれば嬉しいよね」。
まさに一期一会の味を宿した糸の完成。群言堂はこれを「循環糸ツイード」と名付けました。
「産地の知恵袋」的存在とともに、糸を生かす織り方を工夫
この「循環糸ツイード」を生かすには、織りにも創意工夫が必要です。こういった場面で群言堂が頼りにしているのが、お馴染みの産元(さんもと)さん。尾州産地のさまざまな工場の強みを熟知して、群言堂が求める布づくりに適したプレイヤーをつないでくださる存在です。この産元さんの存在なくしては、反毛の浅野産業さんとの出会いもありませんでした。

群言堂デザイナー半田
「この糸の風合いを生かしつつ、織り上がった時のふくらみや軽さも欲しいということで、産元さんと相談しながら選んだのが、この変わり織りです。やや凹凸感もあって、ところどころにネップがあるこの糸が生きるかな、と」。
そして糸に合った織り手を選ぶのも、産元さんの大切な役割。産元さんが白羽の矢を立てたのは、クセのある意匠糸を織りこなすシャトル織機の使い手として、海外有名ブランドからもオファーを受けている若き腕きき職人です。
クセのある糸を織りこなす、シャトル織機の使い手
産元さんに案内されて私たちが辿りついたのは、同じく一宮市の「03 Textile lab」さん。あるじの水野太介さんは、古い織物工場を受け継ぎ、糸が布になるまでのすべての工程を自らの手で行っています。工場内には、廃業した織物工場から譲り受けた旧式シャトル織機をはじめ、年季の入った機械がずらり。

水野さん
「いま使っているシャトル織機はかなり古いもので、手織り機にモーターがついたぐらいの感覚なんですが、それがかえって自由度の高さにつながっていて、頭で思い描いたものがそのまま形にできるんです」。
たとえば群言堂の「循環糸ツイード」のようなネップがあるものや、リボンヤーン(幅のある紐状の糸)のような特殊な糸は、通常の織機では織れないため、シャトル織機の独壇場なのだそう。その代わり、経糸(たていと)や緯糸(よこいと)を織機にかけるまでの準備に手間がかかるうえに、織りのスピードも低速で、1日につくれる生産量には限りがあります。産地では「面倒くさい」と敬遠されがちな仕事ですが、それでも水野さんは「自分ですべての工程をコントロールできる方がいい」と話します。それは、美術大学で織りや染めを学んだ水野さんのクリエイター気質がなせるわざかもしれません。


水野さん
「一時、テキスタイルデザインをやっていた時期もあるんですが、やはり人任せでは自分が満足のいくものができなかったんですよね。それで3年前に決心して、この工場を引き継ぐことにしたんです。自分が考えたものを形にするのも楽しいし、お客さまと一緒に考えながらご要望を形にするのも好きなので、その両方を仕事にするには、自分ひとりでやった方がいいなと」。
どの産地でも職人の高齢化と後継者不在が問題化している中で、水野さんのような世代が、自ら手を動かし工夫し、ものづくりに挑み続けている姿。それは私たちにひと筋の希望とともに、尾州産地が培ってきた層の厚さを感じさせてくれました。
眠っていた布に命を吹き込み、新たな独創の布をつくりたい。そんな思いから始まった群言堂の新たな挑戦は、こうしてさまざまな人の知恵と技に支えられ、形になりました。耳を澄ませば、糸が語りかけてくる声が聞こえてきそうな「循環糸ツイード」。あなたの暮らしをあたためる、物語に富んだ布の誕生です。
暮らしの布図鑑 読みもの一覧
-
尾州のキルトジャガード【岐阜県】|暮らしの布図鑑
-
尾州の循環糸ツイード|暮らしの布図鑑
-
新潟のスペック染め【新潟県】 | 暮らしの布図鑑
-
尾州の綿ウール二重織【愛知県】|暮らしの布図鑑
-
10 愛知のシーナツイード|暮らしの布図鑑
-
阿波の藍染しじら格子【徳島県】|暮らしの布図鑑
-
09 備後のインディゴからみ織|暮らしの布図鑑
-
08 愛知のウールシルクスラブ二重織【愛知県】|暮らしの布図鑑
-
07 遠州の注染絣【静岡県】|暮らしの布図鑑
-
06 河内の両面ニット【大阪府】 | 暮らしの布図鑑
-
05 越後のマンガン絣【新潟県】| 暮らしの布図鑑
-
04 近江のルポワン染め【滋賀県】| 暮らしの布図鑑
-
02 備後の綿麻藍染【広島県】| 暮らしの布図鑑
-
01 近江のもみほぐし麻【滋賀県】| 暮らしの布図鑑

