このところ夫に「高齢者生きがい対策だね」とからかわれながら、せっせと手入れを続けている「福富家」という家があります。大森町から少し離れた町にあるこの空き家を縁あって譲り受けたのは数年前。家財道具もろとも長く放置されていた荒れ放題の家で、とりあえずゴミだけは処分したものの、その後はとくに手をつけないまま月日が過ぎていました。
そんな風向きが変わったのがコロナ禍。降ってわいた自由時間を使って「障子や畳ぐらいは張り替えを」とやり始めたら、いつもの「普請道楽」の虫がウズウズ……。あるとき夫に内緒で壁を打ち抜く工事を大工さんにお願いしたのが決定打となり、そこからはもう止まらなくなってしまったのです。
周囲の人や孫たちの手を借りて漆喰や柿渋を塗ったり、倉庫で眠っていた古い建具を、ここぞと睨んだ場所にはめ込んで「してやったり!」とニンマリしたり。誰に頼まれたわけでもなく、家の使い道など考えるのも後回しで、さらにお財布のことも知らぬふりして、わくわくと心躍る日々。裏山の手入れや庭づくりなど、やりたいことを数えれば80歳まではかかりそうです。でもターシャ・テューダーだって60歳からあの庭をつくったのですから、今からでも遅いなんてことはない。家の声なのか、天の声なのか、何か見えない力に背中を押されている気がしている私は、「次のライフワークが始まった」とばかりに意気揚々としています。
東北には「迷い家(まよいが)」という、訪れる人に福をもたらす幻の家の伝承があったそうです。山路に迷った人の前にあらわれるその家は、恐ろしい山賊の住まいかと思いきや、さにあらず。そこを去った後に不思議な幸運が舞い込むのだといいます。
そんな話を知ると、受け継いだこの家の名が「福富家」だったということも一層味わい深くて「そうか、ここは現代の迷い家か」と山姥ならぬ登美は一人含み笑い。
あちこちから寄せ集められたものたち、打ち捨てられ忘れられていたものたちに新たな命を吹き込んでできたこの家には、現代の人たちが忘れてしまった福と富が隠れているかもしれません。
石見銀山生活文化研究所 相談役
暮らす宿 他郷阿部家 竈婆
松場登美
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