秋の実りを蓄えて お披露目を待つ 私の台所。| 登美さんからの手紙

 秋になって山が色づいてくると、私はいつにも増して忙しくなります。干し芋や干し柿をつくったり、果実酒や柚餅子を仕込んだり、栗を甘露煮にしたり。まるで冬ごもりに備えるように、季節の恵みを貯蔵できるかたちに変えて、コツコツと蓄えるのです。

 わが家の台所にはふだんから一人暮らしとは思えないほどの食料がどっさり。自分が食べるだけでなく、しょっちゅう人を誘っては食事やおやつを振る舞ったり、つくったものを誰かに差し入れしたりするせいですが、秋になるとさらにその蓄えが潤沢になるのです。

 私の場合、コロッケもおはぎも、初めて見る人が「そんなに大量につくるの?」と目を丸くするほどですが、どうせならたくさんこしらえる方がおいしくできます。そしてモリモリ食べてくれる人の表情を見ては、私まで豊かな気分になるのです。

 思えば私の母もそんなふうでした。忙しい商売の合間を縫うように、しょっちゅう家に人を招いては食事を振る舞っていた母。その背中を見て育ったせいでしょうか。私も若い頃から、人に手料理をご馳走するのが好きでした。

 夫と一緒になったばかりの頃は、貧乏のどん底でしたが、それでも彼が友だちを連れてくれば、知恵を総動員して料理をつくってもてなしました。冷蔵庫にある材料を全部細かく刻んでつくった炊き込みごはんなど、小さなアパートの風景とともに今でも懐かしく思い出します。

 おいしかったものの記憶には、どんな場所で、誰と、どんな会話をしながら食べたかが深く影響しています。誰かと食べたただの塩むすびが、どんな高級料理にも増してとびっきりおいしかったという経験は、きっとどなたにもあるでしょう。

 そして私は、台所仕事に没頭する時間が大好き。ぎんなんや栗の皮むきなど、面倒だと敬遠されがちな作業が、私には一種のセラピーに思えます。それは写経や針仕事に似て、無心で目の前の作業に集中していると、悩みや憂いごともどこかへ飛んでいって、心が落ち着くのです。そしてずらりと並んだ保存食を眺めながら新しいレシピを考えるのも楽しいもの。こんなしあわせの蓄え、当分尽きることはなさそうです。

石見銀山生活文化研究所 相談役
暮らす宿 他郷阿部家 竈婆
松場登美

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